2016/5/9
ヒラリー・ハーンに聞く インタビュー[1]
2016年6月に、3年ぶりとなるリサイタル・ツアーを行うヒラリー・ハーン。
同じプログラムを携えた世界ツアー(アメリカ各地、ドイツ、オーストリア、トルコ、スイス、フランス、イタリアなど)に出発する直前に、電話インタビューが実現しました。[past_image 1]
Q:今回のプログラムですが、前半にクラシカルの曲目、後半にコンテンポラリーの曲目を選ばれていますね。
ヒラリー・ハーン(以降、HH): ひょっとすると、順番は入れ替えるかもしれません。でも選んだ曲は変えませんよ。
Q:どのような考えに基づいて、この曲を選んだのですか?
HH: それぞれの曲がどのように関連しているか、そのコネクション(つながり)を重視しました。現代作品のほうの、アントン・ガルシア=アブリルのものは、彼が私のリクエストに応えて書いてくれた曲ですが、ヴァイオリン・ソロのパルティータが6曲、という構成です。私が彼に作曲を依頼したのは、彼が素晴らしいポリフォニーを用いる作曲家だからです。ポリフォニー、つまり和声とは、いっときに多重の音声を用いること。彼はヴァイオリンのためにその和声法を用い、それがとても自然で、しかも彼独自のもので、さらに表現が豊かな作品でした。彼はヴァイオリンをとてもよく知っている作曲家です。6曲のヴァイオリン・ソロ、という形式の伝統を守ることも、私は大事だと考えました。バッハやイザイもそうやって書いていますからね。それらと比べてみてはどうか?と思ったのです、それを、現代の作曲家の作品と比べることで何かが見えてくるのでは…とね。私たちの「いま」を考える上で。
彼が書いてくれた作品に心が躍りました。とても感情が込められた、そして斬新な、曲でしたので。最初に聴いた時の印象がとても快かった。なにか「これ」という、ひとつのことを感じなければいけないような狭さがなく、心をとても自由にしてくれる…そういう曲だったのです。それは、曲が私たちに語りかけてくるような体験でした…歴史的なスケールでの把握に導いてくれるような。そして、まさに私が自分のプログラムに現代の新作を盛り込む意図は、そこなのです!
ガルシア=アブリル氏にはパルティータを書いていただいたわけですけれど、それは、バッハを意識してのこと。バッハも無伴奏の6曲のパルティータを書いていて、それは、300年前の出来事です。その月日を経た作品を、こんにちの私が弾く。そこには、ヴァイオリンができることはなにか?という、時代ごとの問いがあるのです。バッハの無伴奏パルティータは、複雑だけれど、同時に明快な曲。そしてやはり非常にポリフォニックです。これらの2曲をおなじリサイタルで聴くことはとても面白いのではないかと思ったのです。
Q:聴きながら、2曲を比較してみると面白い、ということですね?
HH : いいえ、比較してなにかしらの文脈を与える必要は、べつにないのです。そこにある音楽を聴いて、それがどう流れていくのかを感じていただければいいと思います。
Q : 感じること、考えることへのキーポーントを与えてくれる、ということでしょうか?
HH : ええ、そうも言えますね。もしみなさんがそれを望むなら、そのように受け止めていただくこともできると思います。ただ、努力してそうしなくてもいいんです。指示されたような気分にならなくていいんですよ。それぞれの人に、それぞれのアプローチがあるでしょう?ただ感じていたい、というのも良し、なにか考えが浮かんだ、というのも良し、リアクションを見せる人もいるでしょう。反応はみんな同じではない。コンサートの楽しみ方は人それぞれでいいんです。
Q:ティナ・デヴィッドソンとアーロン・コープランドの曲については?
HH : ティナ・デヴィッドソンの曲は「27のアンコールピース」からのもの。ガルシア=アブリル氏との初コラボもこの選集だったので、まずここで、この二人の作曲家のつながりを感じていただく要素があるわけですよね。デヴィッドソンの曲はとても美しいです。コープランドの曲ですが、これは聴く機会の少ないものです。聴いてみると、訴えかけてくるものがはっきりしています。複雑な印象ではないです。同時にアメリカン・スタイルも感じることができます。コープランドがこの曲を書いた当時、彼のこのスタイルは新しいものだったでしょう。ですがいま聴くと、とてもアメリカ的だ、と思います。新たな伝統(トラディション)を作った曲なのですが、書かれた当時は必ずしもそのようには意識されていなかったのでしょうね。
Q:コープランドは1900年の生まれですが…
HH:この曲を書いたのは確か1943年だったと思います。
Q: 70年ほど前の曲なんですね。
HH:そうなりますね。ですので、コープランドの曲とデヴィッドソンの曲の間には、アメリカ人作曲家という共通点があり、そしてデヴィッドソンは音色を大事にしています。また、リズムの不規則性にも特徴があります。これは、コープランドから起こっているものです。曲の流れにつれて、拍子記号が変わりつづけます。彼らが二人ともアメリカ人だということはゆるがぬ事実なのですが、ではデヴィッドソンの音楽を聴いて、いまの私たちが「ああ、彼女はアメリカ人だな。」ということを意識する必要があるか?というと、そうではない。むしろ、この曲はどこか、ある国から来たような気がする・・・そして自分はどうして、その国を想うのだろう?…そんなことを気にしながら、自由に聴いてみるといいのではないかと思いますよ。
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Q:最初に弾く予定のモーツァルトについては?
HH:モーツァルトのソナタとは、つねに繋がっていたいんです。この作曲家が持つ、別の側面をいつも感じて、発見し続けてくれるからです。彼はなんと多くのヴァイオリン・ソナタを書いていることでしょう。まったく、尋常ではありませんね、こんなに多様なソナタ作品を残すなんて。ヴァイオリンの作品群という見地からも、これは、他に例のないことです。ですから単純に、毎年なにか、あたらしい彼のソナタに挑戦してレパートリーを増やしていきたい、と考えています。今回の曲はとてもオープンで、込み入った書き方はされていない曲です。でもだからといって弾くのが簡単なわけではないのです。長い音が多いので、毎回弾きながら判断に迷うんです。そこが本当にチャレンジングですね。でも、なんてきれいな曲でしょう!みなさんにお聴かせするのがほんとうに楽しみです。
Q:そんな曲を最初に弾くとなると、より集中力が必要ですか?
HH:最初が難しいのは、聴衆のみなさんの精神にこれから展開するコンサートのためのスペースを空けてもらう瞬間だからです。おっしゃるように、そこから全てが始まるので、プログラム全体の流れを展開させるには、私自身をまず開始の瞬間にむけてフォーカスさせる・・・それが必要になってきますね。
Q:ガルシア=アブリルの「6つのパルティータ」の中から、どの曲を弾くのか、もう決めましたか?
HH:はい、決めました。2曲目と3曲目です。「Immensity(無限の広がり)」と「Love(愛)」です。
Q:私たちは、あなたが楽屋からステージに歩きながら、最後の最後に決めるんじゃないかと、心配していました!
HH:(笑って)ご安心ください、もう決めましたから。
いつもながら興味深いプログラミングについて存分に語ってくれたヒラリー・ハーン。
この後は、彼女のプライベートライフなどについても伺いました。音楽、美術、そして生きていくことに対するヒラリーの深い考えと、そこに至るまでの過程。これはヒラリーの演奏そのもの、生き方そのものに反映されていて、リサイタルへの期待が高まります。そして…インタビューをした日の午前中にヒラリーがしてきたこと!にもびっくりさせられました。
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研ぎ澄まされた技巧と高貴なる響き〜進化し続ける奇跡のヴァイオリニスト
ヒラリー・ハーン ヴァイオリン・リサイタル
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