2015/9/17

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マエストロ・イルジー・ビエロフラーヴェクのインタビュー【2】(チェコ・フィルハーモニー管弦楽団)

チェコ・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者、イルジー・ビエロフラーヴェクのインタビュー【2】をお届けします。 ⇒ インタビュー【1】はこちらから [past_image 1] 前回のインタビューでは、今、チェコ・フィルは「伝統維持」と「相互理解による発展」が進んでいる。とても良い音楽づくり、関係性が築けていると話してくださったマエストロ ビエロフラーヴェク。今回は、チェコ・フィルが取り組んでいるチェコの音楽、中でもスメタナ「我が祖国」の魅力についてお話いただきました。 Q:マエストロはこれまでチェコ・フィルが演奏したことがない、まったく新しい曲も含めて、なにか新しいレパートリーを取り上げようとお考えですか? JB : はい、考えています。まず私たちの国、チェコの音楽です。もちろん、他の国の作曲家の作品で、音楽ファンにとって定番となっているような名曲、それらを軽視するようなことはありません。しかしいま力を入れたいと思うのは・・・力を入れる、というよりむしろとても自然な流れとしてそうなるのですが、自国の作曲家の作品を発掘し、広めてゆくことです。過去の優れた作品の特徴を理解し、そこに流れる伝統を再確認する作業。これはとてもやりがいがあります。また同時に、現在の、同時代の作曲家の作品に意欲的に取り組むこと。これは、チェコの作曲だけに限らず、「いまを生きている」同時代人の作曲家の作品にもつねに眼を向け、それらを消化していく、ということです。世界レベルのオーケストラにいまもっとも求められているのは、そのスキルではないでしょうか。私はそう思うのですが。 ですので、この任期中に私が設定しているゴールというのは、チェコのオーケストラとして伝統への認識を深めることと、ひろく全世界に訴えかけることができる音楽性、つまり現代性、を備えたアンサンブルを奏でるオーケストラになること、です。 Q:具体的に名前を挙げていただくとすると、チェコの優れた作曲家とは、誰ですか? JB : まずはスメタナでしょうね、やはり。でも彼以外にも、ヤナーチェク、マルティヌー、スーク、また、室内楽にも秀作の多いノヴァークや、カベラーチらの20世紀音楽家たち。ざっと思い浮かぶチェコの作曲家だけを挙げても、これだけいるのです。インターナショナルなレパートリーにまで眼を向けますと、ペンレデツキ、エトヴェシュ、タケミツもとても興味ある作曲家ですよ。このように、私自身もオーケストラも、オープンな姿勢で世界の優れた作品に挑戦していきたいんです。 Q:私たちの立場は、そうなりますと、まだ演奏される機会の少ないチェコの作品を、日本でよりよく広めるお手伝いをすることですね。 JB : ええ、ぜひお願いします。チェコといいますと、日本のみなさんはスメタナのことはとてもよくご存知ですよね。私は日本フィルやNHK交響楽団とのお仕事のおかげで、もう何度も日本を訪れているんですが、それらの場でマルティヌーとかヤナーチェクを振らせていただいたことがあります。スークも演奏した記憶があります。そんなとき、いつも皆さんの反応は上々で、「これは、受け入れてもらえるな。」と確信しているんです。日本のみなさんのセンシビリティは、きっとチェコ作品の味わいをすぐにキャッチしてくれるでしょう。そう信じられます。いずれ、チェコの作曲家の作品だけで構成したプログラムなど、ぜひやってみたいですね。 Q:ええ、ぜひ!ところで、この秋は東京ではドイツとロシアの交響曲を聞かせていただきますが。ベートーヴェンの交響曲第5番とチャイコフスキーの第5番です。選曲の意図はなんですか? JB : この2曲は、いずれも、それぞれの作曲家の代表作と見なされていますよね。とてもポピュラーです。日本の皆さんはチャイコフスキーの交響曲にはすべてに通じていらっしゃるし、この5番に関しては「つねに聴いていたい。」・・・そんな演目に違いないでしょう。選曲するにあたっては、私たち演奏する側からの希望と、お客様がなにを聴きたいと思っておられるのか、その両方を考慮して決めています。今回、こちらからも多くの希望を出し、観客のみなさまから寄せられたお声にも配慮し、最後に企画の責任者のアドバイスを間にはさんで、このような選曲になったのです。東京ではNHK音楽祭でスメタナ「わが祖国」全曲の演奏も予定されているので、力が入りますよ。 Q:ちょうどお話が出ましたので、スメタナの「わが祖国」について伺いたいのですが。英語ですとこの演目は「マイ・ホームランド My Homeland」と訳されますが、原語のチェコ語では、どう発音するのですか? JB : 「マ・ヴラスト Ma Vlast」といいます。 [past_image 2] Q:ありがとうございます。マエストロは今回「マ・ヴラスト(わが祖国)」を、NHK音楽祭では全曲、また、他都市の公演では部分的に「シャールカ」、「ボヘミアの森と草原から」などを演奏されますけれども、この自国の代表的音楽作品にこめる特別な思いがおありですか? JB : もちろんです。この「わが祖国」は6つの部分から成る連作交響詩ですが、第2曲の、チェコ語では「ヴルタヴァ Vltava」が、有名な「モルダウ The Moldau」ですね。全体を通して楽しむ聴き方もできるし、それぞれの曲を独立させて楽しむこともできます。「モルダウ」では、ヴルタヴァ川の流れに沿ってボヘミアの美しい光景が描かれてゆきます。雄大な川の流れ、森や草原、そこで農民が結婚式を挙げ、みんなでダンスを踊って楽しむ光景が彷彿としてきます。この曲の結びはとても壮大です。また「シャールカ」は、民間の古い伝承を音楽に移したもので、ある女性の悲劇の物語なのです。心に痛手をもつ女性が、森にひそみ、騎士たちにその悲劇の復讐をする、という物語なのですが、ひじょうにドラマティックな音楽です。「ボヘミアの森と草原から」は、リリカルなメロディにあふれており、ここにもフォークロアの舞踊曲が入っています。みなさんよくご存知の「ポルカ」、これは、チェコのダンス音楽なのですよ。スメタナは、活力と詩情あふれる「祭り」の場面におおいにインスパイアされたようです。 「シャールカ」が起承転結のあるドラマであるのに対して、「モルダウ」と「ボヘミアの森と草原から」は、風景画の趣です。 Q:それぞれ、その一曲だけをじっくり聴く方式でも充分楽しめるのですね? JB : そうです。一曲ずつ、たしかな構成の上に成り立っているので、それが可能です。そしてさらに素晴らしいのは、それらが連曲としてさらに大きな構成になったときに、全体としてのまとまりを見せている点です。このようなすぐれた構成を持つ楽曲は、ほかにそれほど例を見ませんね。 Q:おっしゃるとおり、いわゆる「連曲」「連作」という構造で、世界的に有名な楽曲がいくつかあると思うのですが、ひとつ前の曲を聞き損ねると、今きいている曲の意味や全体の流れが掴みにくくなってしまうものが多いと思います。 JB : そうなのです。たいていは、そういうものです。ですがこのスメタナの「わが祖国」に関してだけは、そのような問題が起こりません。どの曲をピックアップしてもわかりやすいし、美しさが理解できます。全体を通して聴く場合には、終曲の「ブラニーク」によってどのように全体がクライマックスを迎えるかを、ぜひ注意してお聞きください。そこを味わえば、この「わが祖国」という連曲に現れている、スメタナの「二重構造の力」を理解できます。そしていずれの場合も、ひとつひとつの風景が見せてくれる美しさを存分に感じていただきたいのです。 Q:まさに傑作ですね。 JB : そう、傑作です。それから、ひとつだけ補足説明をします・・・あまり、楽しい情報ではないのですけれどね、スメタナは「わが祖国」の作曲期間に聴力を失い、終曲を書き上げる頃にはまったく耳が聞こえなくなっていたのです。指揮台にも立てなくなっていました。ですから、この曲を聞くとき、みなさんは、彼がどれほど想像力と神経を研ぎ澄まし、自身の作品を完全なものに仕上げる努力をしていたか、最後のオーケストレーションを完遂したか、ということに、思いを馳せていただきたいのです。その姿を想像してみることで、この曲にこめられた彼の思い、創造にかける彼の情熱に、近づけるのではないかと思うのです。 Q:なるほど。そういうものなのですね。とても楽しみにしております。 最後に、九州の福岡のみなさんからの質問です。2004年にはプラハ・フィルのツアーで、福岡シンフォニーホールで演奏されていますが、なにか、福岡の町について覚えていらっしゃることはありますか? JB : いやあ、とても正直に言いますとね、我々は忙しいツアーの合間に、あまり町そのものを見物する時間がないのです。でも、仕事場で私たちを迎えてくれた関係者の方々が、とても親切だったことを覚えています。 もしこういう答え方でいいのでしたら、ひとつ申し上げたいことがあります。日本で公演するたびに思うのですが、首都の東京は例外的です。あまりにも多くの、優れた演奏家たちがやってくるので、東京の観客の皆さんはある意味では恵まれすぎているのです。ですから、ひょっとするとご自分たちが触れることのできるものの文化的価値を、軽く受け止めてしまう危険があるのではないか、と思います。ですが福岡をはじめ他の町の方々は、ご自分たちが触れる音楽の機会を、心から大切に感じていらっしゃる。そういう印象は持ちましたね。 Q:とても考えさせられるお話です。ありがとうございました。 JB : いえいえ、このように申して、失礼にあたらなければよいのですが。私は日本のどこで演奏しても、会場にいらっしゃるみなさん、周囲で働いているみなさんの真面目さ、温かさに感動いたします。そのお気持ちに応えるためにも、自分たちが入念な準備をしてツアーに臨まなければと思っていますよ。またお目にかかれるこの秋のツアーを、オーケストラ一同、心待ちにしております。 ------------------------------------------- ビエロフラーヴェク指揮 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団 ◆2015年10月28日(水) 19時開演 サントリーホール スメタナ:“シャールカ”〜連作交響詩「わが祖国」より メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 Op.64(ヴァイオリン:庄司紗矢香) ベートーヴェン:交響曲第5番「運命」Op.67 ◆2015年10月31日(土) 18時開演 サントリーホール【予定枚数終了】 スメタナ:“モルダウ”〜連作交響詩「わが祖国」より ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番 Op.18 (ピアノ:ダニール・トリフォノフ) チャイコフスキー:交響曲第5番 Op.64 公演詳細はこちら http://www.japanarts.co.jp/concert/concert_detail.php?id=316&lang=1
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